60%生活

人生七転び八起き

殴り書き日記

なぜかずっと自分の思っていることは間違ってると思ってて、他の人と同じ風に感じなきゃいけないと思い続けてきた。だから過剰に他人の感情を探ろうとしてきたし、人がイエスと言えばイエスでノーならノーだった。そこに自分の脳みそが入り込む余地はなかった。


大人になり、このままじゃいけない、自分の意見を持たないとと思ってきたけど、結局大抵のことは「どっちでもいい」と思ってしまい、私の脳みそは全く反応しない。脳も楽に慣れちゃったんだろう。


精神を健康に保つには、身体の不調を無視しないことが大切らしい。ちょっと疲れたとか眠いとか、そういう「ちょっと」があっという間に積み重なって気持ちが不安定になる。


今日私はとても不調だったけど、前日に朝井リョウの小説を読んで泣いたことが影響しているのかもしれない。私は人前で泣けない。正確にはきれいに泣けない。人前で泣くのは恥ずかしいことだと思っている。涙が出るときは我慢してたけど耐えきれなくなったときだから、嗚咽を伴う「可愛くない」泣き方になってしまう。ダブルで恥ずかしい。


怒りとか悲しいとか、負の感情を出すのが苦手だ。だから負の感情を出していい場所がどこにもない、と思うと視界が暗くなって息が苦しくなってくる。普段そのことは考えないようにしている。


そして怒り・悲しみの感情を生み出すような事象に出来るだけ触れないようにしている。人が死ぬ漫画ドラマ映画NG。


楽しいこと・幸せなことにたくさん触れたいと思っているのに、怒りとか悲しみとかの方がどう考えても心の大半を占めてしまうのはどうしてだろう。リア充と呼ばれる人よりちょっと寂しげで控えめな人と話してみたいと思うのは自分と似ているからだろう。共感できる人とだけ付き合っていきたい。視野なんて広げないでいいから、嫌いな人とは付き合いたくない。子供に胸を張って伝えられることじゃないけど。


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