60%生活

人生七転び八起き

「ぼんやりと集めてきたもの」に囲まれて暮らす

100円ショップで買ったサンダル(とはいえ275円だった)と、無印で買った990円のサンダル。


無印のサンダルが壊れてしまったから、100円ショップで275円のサンダルを買った。


ベランダに置いて、洗濯物を干す時に私が使い、タバコを吸う時に旦那が使う。用途はそれだけ。歩くとしても2、3歩。


用途はそれだけだけど、気分が上がるからという理由で、数年前の私はデザインが好きな990円のサンダルを選んだ。


たしかに気分は上がったけど、ほんとに最初の1週間だけ。その後は「いつものサンダル」がベランダに置かれているだけ。


その「いつものサンダル」のストラップが片方破けかけていることに気づいたのは3か月前。旦那が乱暴に履くせいだなとイラっとした。(この家で起こる全ての不都合を旦那のせいにする鬼嫁)


そしてもう片方も破けかけていることに気づいたのが2週間前。これは完全に破けるのも時間の問題…と思い、今回の275円サンダル購入へと至る。


275サンダルはもうほぼクロックスの形状なので、壊れる箇所がない。一応ストラップらしきものもあるけど、こいつが壊れたからといって履けなくなるわけではない。故に永遠に我が家のベランダに置かれ続けるのではないかと思っている。


今の私はデザインより実用性とコスパを取った。それが頼もしくもあり、ちょっと悲しくもある。


心の奥底では、隙がないどこを取っても映えるデザイナーの家みたいのに住みたいという願望がある…ような気がする。でもそれが家族と暮らしている限り実現しないことはわかっている。


それに本当にそんな願望があるか自分でもよくわからない。だから私はニナゴサンダルを愛用し続ける。


用途に合っていて、色とデザインが奇抜じゃなくて、生理的に無理じゃなければいいんだ。そういった「ぼんやりと集めてきたもの」に囲まれて暮らすのが私にはちょうどいいのだと思う。


これが長年「超お気に入りだけに囲まれて暮らしたい」と思ってきた私の現時点での結論。


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