60%生活

人生七転び八起き

決めつけたらそこで試合終了ですよ

昔と比べて、神経質になった気がします。
どのくらい昔のことを言っているかというと、ルーズソックスイケイケ時代(1997年)〜ミニマリストになる前のくたびれた主婦時代(2016年)です。


当時は、部屋の隅にホコリがあっても見ないふりをして生活していました。掃除機をかけるのが面倒だったのです。掃除機をかけるよりも、寝転がって録画したアメトークを観ることの方が優先順位が圧倒的に高かったのです。


それがミニマリストになってからというもの、家の隅にホコリがたまることはなくなりました。清潔で隅々まで管理された部屋に住んでこそミニマリストだと解釈したのです。


毎日せっせこ掃除機をかけました。掃除機をかけてからアメトークを観るくらいまで自制心が働くようになりました。


そのうち旅行でホテルや旅館に泊まっても少しのホコリを気にするようになってしまい、心の底からくつろげなくなってしまいました。昔ホコリと共存していた人間とは思えません。


また、昔は食品の賞味期限を気にしない・預金残高を気にしない・トイレの後に手洗いをしないというギャングのような暮らしをしていました。己の欲望に一切逆らわない、ダラダラとした暮らしです。


今は体調が悪くなることが何より嫌なので、食品の賞味期限が1日でも過ぎていたら口にしません。手洗いうがいももちろんします。


高額な物を買う時でも分割払いはしません。「貯金なんかするかバーロー」を信条に生きてきた泉谷しげるのような私が、つみたてNISAを利用しています。


ミニマリストたるもの、持ち物だけじゃなく自己管理もきっちりしてなんぼ、と解釈したのです。


改めて文字にしてみると、だいぶちゃんとしてきたなぁと思います。


いや、真っ当すぎてゲンナリします。


私は変わった人になりたかったはずなのに、いつの間にか神経質よりの人間になっていました。


何故なのでしょう?「ミニマリスト」と「神経質」はセットなのでしょうか?












ここまで書いてみて気づきましたが、掃除やつみたてNISAは別にそこまで神経質案件ではありませんでした。元々のルーズさが改善された程度で、私は全く神経質ではありませんでした。


サーセン(すみません)


でも私本当は神経質なんです。寝る時にリビングから聞こえるちっちゃーいテレビの音が気になりますし、晴れの日は光が眩しすぎてほとんど半目で外歩いてますし、金属と金属が擦れ合う音を想像しただけで鳥肌が立ちますし(関係ない)


何が言いたいかというと、
「自分がルーズか神経質かどっちなのかが問題なんじゃない。自分を神経質だと決めつけてしまうことが問題だ」
と最近思うのです。


一度自分を「神経質」だとジャッジしてしまうと、その後の生き方が「神経質」に引っ張られた生き方になってしまいます。簡単に「ルーズ」に手が出せなくなってしまいます。


他にも、
自分はロングヘアしか似合わない・赤は似合わない・身長180センチ以上じゃなきゃ付き合えない・雨女・どうせ全員から嫌われてる・霊が取り憑いている
とか


自分はこうだと決めつけないで、一歩足を踏み出してみたら、もっと楽に生きられる気がします。


私も忘れかけていたギャング魂を取り戻しに行こうと思います。


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